ニーバーの祈り

O God and Heavenly Father,
Grant to us the serenity of mind to accept that which cannot be changed; the courage to change that which can be changed, and the wisdom to know the one from the other, through Jesus Christ our Lord, Amen.

大阪のおばちゃん流の意訳

人生には、自分の力で、どないもでけへんことがある。
今の両親のもとに生まれたこと、この時代のこの国に生まれたこと、男性として、あるいは女性として、生を受けたこと、そして、過ぎ去ったこと・・・

でな、どうにもでけへんと思い込んでしもてても、ほんまはちゃうこともある。

そやけど、私を含め人間ってやつは、どうこうでけへんことと、できることの区別をよう間違うんや。
どうにもならへんことをいつまでも嘆いたり、悔やんだりしてたりな・・・
もちろん、どないしても受け入れられへんぐらい、つらい出来事かってあることは、ようわかってるけどな・・・

そんでもって、どないかできるはずのことを運命やってあきらめて、何の努力もせんかったりもな。

そやから、変えられることと、変えられへんことをもっぺん、見直してみるんは、大事なことやで。
特に、なんや行き詰ってるって感じる時にはな。
もし、変えられることのうち、コレだけは譲られへんってことに、自分の持ってる力を全て注ぎ込んだら、結構なことができるんやないか、って私は思うんや。

願わくば・・・
変えられる余地のあることには、それを変える「勇気」を
変えられへんことには、それを受け入れる「度量」を
そして、その二つを見分ける「機知」を

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